現在はまだ発展途上の形態の仮想通貨。仮想通貨の未来の完成形とはどのようなものか

現在の仮想通貨はまだ発展途上の形態です。

仮想通貨は現時点ではまだまだ発展途上ですので、現在はまだ本当の仮想通貨の価値や意味を発揮出来ていません。

そのため仮想通貨を単なる一攫千金大儲けを狙うギャンブル的な投機の対象であるとか、もしくは仮想通貨をリスクの高い危険な投資として静観する見方が世間の大半を占めています。

しかし、これは私の予見ですが、おそらく20年後には言ったリアルマネーである円やドルなどと法定通貨は時代遅れの遺物としてこの世界からは完全に駆逐され、この社会で流通する通貨は全て仮想通貨となっています。

率直に言って、現在の仮想通貨はまだ未熟児の出来損ないであるため、その本当の価値やメリットをまだ広くは理解されていないのです。

現時点では、仮想通貨をリスクの高い危険な投資として静観する見方も、冷静かつ常識的に考えれば全くごもっともで正しい反応だと思います。

しかしその様な良識派や慎重派の彼らも、20年後の世界では当たり前の様に法定通貨を破棄し仮想通貨を利用していることでしょう。

仮想通貨の未来の完成形とはどのようなものであるのか、当たり前に仮想通貨が用いられる20年後の社会の様相とは一体どのようなものであるのか、このブログ記事では未来の社会を予測しながら空想して行きたいと思います。

労働から解放された20年後の一般市民は暇で仕方がない

仮想通貨の未来を想像する際に、その前提の社会予測として抑えていなければならないことは、労働から解放された20年後の一般市民は暇で暇で仕方がないということです。

20年後の未来社会は働かない無職の人間が当たり前になります。むしろ働いている人間の方が圧倒的に少数の時代となるのです。AI(人工知能)の発達と普及によって一般市民が労働から解放されて全く働く必要のない世界となっているからです。

人工知能研究の第一人者であるレイ・カーツワイル氏の予測によると、その人間が働く必要のない世界は、2045年の「シンギュラリティ」と呼ばれる特異点で、完全に実現すると予測されています。2045年には全てにおいてAIの性能が完全に人間の脳の性能を超え、全ての分野で人間が働くよりもAIを働かせた方が都合がいい状態が実現しているということです。

もちろんその2045年の時点以前でもAIは加速度的に発展を続けており、多くの仕事は人間が行うよりAIが行った方が効率的なものとなっています。

現在から約20年後の2035年頃にはおそらく全く働かない一般市民の割合は50%を超え働かないことが当たり前の時代となっているでしょう。

シンギュラリティで人類はどうなるのか – 日経BPネット
中島秀之(東京大学 特任教授)×松原仁(公立はこだて未来大学 教授) Part.3
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/16/ai/080300003/?P=4

将来的にはAIに働いてもらって、人間は働かなくてもよくなる

――でも、そうなると、意地悪な見方をすれば、AIのおかげで、私たち人間は、自分で考えたり、決めたり、自己管理する能力を衰えさせてはいませんか?

松原:自分で考えなくなったということは、楽になったということ。今まで人間が賢くならなければいけなかった理由は、賢い方が生活しやすかったから。でも、日常生活で考えたり管理しなければならないところをAIにサポートしてもらえば、生活はとても便利で楽なものになります。

中島:だから、さっきも言ったように、将来的にはAIに働いてもらって、人間は働かなくてもよくなる。もう少し丁寧な言い方をすれば「やりたくないことはやらなくてもいい。お金に関係なく、やりたいことをやればいい」ということ。今、実際に、そういう動きが、ソフトウエアの分野では、すいぶん前から始まっているよね。

松原:「オープンソース」のこと?

中島:そう。みんな、お金をとらずに開発に参加している。「そのコード、俺が書いたんだ」っていう自己満足だけを対価にして。そういう社会でしょ? 「自分の能力を活かして、この部分に貢献した」というのが大切で、収入につながらなくてもかまわない。

松原:そう、ある意味「ボランティア」ですよね。AIのサポートによって、本来の自分のやりたいことが、見返りなく、見返りを期待せず、できるようになる。そういう意味では「自分の気持ちに純粋になれる」っていう言い方もできるかもしれない。

――ただ、みんなが対価を求めないで好きなことだけやり始めたら、社会の秩序は維持できなくなりませんか? たとえば、部下が上司に「俺は対価をもらって働いているわけじゃないから、もう、あんたの言うことを聞く必要なんてねぇよ」とかって。

中島:人間にとっては、基本的に、社会に必要とされることが幸せでしょ? だから「あなたの言うことなんて聞かない、俺の勝手だ!」って振る舞うことは、本人の幸せにはならない。

松原:今、AIは過渡期にあるけど、もっとAIが進歩すれば、人間にそういう不安や不快さを感じさせないで、働かなくてもすむ社会をつくるようになる……AIが、まるで空気のような存在になって……。

中島:そこから先は、哲学的な話になってくるね。

AIやロボットを働かせることで、ほとんどコストをかけずに商品やサービスを得ることが出来る。その結果、お金はほとんど必要なくなり、人はお金を得るという目的の為に働く必要がなくなる。

この様な時代が現実にまもなく到来しようとしているということです。

私たち一般市民は、この様な完全に労働から解放されて毎日が夏休みと変わらない「人類総ニート時代」を一体どのように生きることになるでしょうか。

暇をいかに潰すかということが私達の人生にとって最大のテーマとなるのです。

人工知能時代の人間の生き方は、古代ローマに学ぶべし – 現代ビジネス
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51511

■人生は「暇つぶし」になるのか

人工知能とロボットが発達することで、これから30年かけて人類は徐々に仕事から解放されていくだろう。

(中略)

問題は、2045年頃に人型ロボットの完成形が登場し、多くの人間は働かなくてもよい世界が到来した時、人類がそうした社会に適応できるかということだ。

なにしろ、これまで何世紀もの間、多くの人は人生の大半を「職場」で過ごしている。ただ働くだけでなく、困難に直面しながらそれを克服し、日々、スキルを培い、成長することで達成感も味わってきた。そんな人類の生きる目的までもが、消失しかねないのだ。

その後の世界では芸術に人びとの関心が向くという説があるが、誰もが芸術的センスを持っているわけではない。仕事以外に趣味のない人にとって、あり余る時間はむしろ苦痛だ。

この様に未来の社会では特別な才能などを持たない一般市民は「いかに暇を潰すか」ということが人生の最大の悩みであり目的となるのです。

そしてこの生き方の変革が未来の仮想通貨の役割や意味とも大きな関わりを持っています。

仮想通貨は人間の時間の消費の対価として支払われる

特別な才能などを持たない一般市民は「いかに暇を潰すか」ということが人生の最大の悩みであり目的となる。

これが未来社会での一般市民の現実ですが、その様な社会では人々の時間を消費して暇を潰してくれるものこそが、世の中において極上の価値を持つのです。

たとえばこのブログなどもその様なものの一種です。

ブログを読んで何か実際的に有用な情報が得られる訳でもなく、ブログを読んで何か得をするわけでもなく、そういう意味で言えばこの私の下らないオナニー的なブログなどは完全なる無駄の最たるものの様な存在です。

しかし、アクセス解析のデータなどを見ると、このブログにもごく少数のコアなコアなリピーター読者の方が付き、1時間や2時間など当たり前の様に費やして過去の記事を読みふける方もいます。

はっきり言って完全なる時間の無駄な訳ですが、「人々の時間を消費して暇を潰してくれるもの」としては、この何か有益な情報があるわけではないオナニーブログも役割を果たしている訳です。

ここで潰すことの出来た暇な時間に対する対価として自動的に支払われるのが仮想通貨です。

例えば、1人の人間が1時間の時間を潰すことが出来れば100万円、2時間の時間を潰すことが出来れば200円などという対価が、その暇つぶしの対象に対して自動的に支払われるのです。

未来社会での人類の営みは延々と続く暇つぶしの相互コミュニケーション

とある人間があるサイトで30分の暇つぶしをすれば自動的に50円を支払う、また相手がその人間の投稿した動画を視聴して1時間暇つぶしをすれば100円を支払って貰う。

この様に労働から解放された未来社会における人類の営みとは、死ぬまで延々と続く暇つぶしの相互コミュニケーションと言えます。

そしてこの未来社会においては各人が持つ時間の価値にも違いが生まれます。

100万人の読者に読まれ多くの人々の暇を潰すブログを運営する人間の時間の価値は高くなり、逆にこの弱小ブログの様にあまり読者のいないブログを運営する私の様な人間の時間の価値は低くなる。

多くの読者に読まれる様なブログやメディアを運営する人間の時間の単価は高く、その様な人間がとあるブログを1時間読めば100万円程度がそのブログに対して支払われる。

逆に弱小ブログを運営する私にブログを読まれても、そのブログの運営者には1時間あたり10円程度の価値しか支払われない。という訳です。

具体的に例えば、多くのブログ読者を抱える有名ブロガーであるイケダハヤトなどがこのブログを1時間読めば、私には100万円程度の仮想通貨が対価として自動的に支払われ、逆に私がイケダハヤトのブログを1時間読んでもイケダハヤトには10円程度の対価しか支払われない。という感じです。

上で書いた「円」という単位は分かりやすい例としての便宜的な表現で、もちろん実際には仮想通貨ですので円という単位ではありません。

これが私の予想する一般市民が労働から解放された未来社会における仮想通貨の姿です。

庶民は今のタイミングで仮想通貨に手を出す必要はない

まあ、現在はビットコインなどの仮想通貨もまだまだ発展途上の未熟児状態ですので、余剰な資産が手元にないのであれば今のタイミングで無理に買う必要はないと思います。

私の様な多くの貯金や貯蓄があるわけではない貧乏人や庶民には関係ないですが、豊富な資産を持つ資産家やお金持ちの方は、稼いだ資産のリスクヘッジとして仮想通貨を始めてはいかがでしょうか。

1,000万円の貯金を持っている方が1,000万円全額を仮想通貨に投資して、マウントゴックスの様に取引所が閉鎖などしてしまうと取り返しの付かない大変な大打撃ですが、1億円の金融資産がある方なら仮想通貨投機で1,000万円程度を失っても余裕でしょう。

もしも仮想通貨に参入するのであれば、リスク分散のために所有している金融資産の10%以下の金額を目安に、余り無理の無い程度に投資を行って下さい。

以上、「現在はまだ発展途上の形態の仮想通貨。仮想通貨の未来の完成形とはどのようなものか」の記事でした。

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