孤独死の不安?わざわざ自分の死ぬ時のことまで考えるなんて精神的に異常です

孤独死の不安ということがよく言われますが、わざわざ自分の死ぬ時のことまで考えるなんて精神的に異常です。私はこの孤独死問題は物質的に豊かで物が溢れても心満たされない現代日本人の不安神経症の一種だと考えています。

「孤独死は悲惨だ」とか言われますが、そもそも自分が死んだ後のことなんてはっきり言ってどうでもいいはずです。部屋の中で死体が腐り果てて大量の蛆が沸いていようが、自分はとっくに死んでいますのでそんなこと関係ありません。

死体を清掃する業者の方は後始末が大変ですし、アパートやマンションなどでの一人暮らしの場合、隣人の方は悪臭に悩まされることになり、事故物件を押し付けられた物件の持ち主の方にも非常に迷惑な話ですが、それは隣人の方や物件の持ち主の方が困る話で、死んだ当人にとっては全くどうでもいいことです。

孤独死する様な方の場合、元々隣人の方とも大して深い人間関係もなく、赤の他人同様の関係です。死んでしまった後に、そんな赤の他人同様の相手にどう思われようが、別に何の問題もありません。死後数10年もすれば、自分が生きていたことも孤独死したことも周辺住人の方は綺麗に忘れ去ってくれます。

孤独死を異常に恐れる方は、死んだ後の自分の世間体などが気になるのでしょうか。豪勢で立派なお葬式を挙げられて「立派な人だった」と思われたい願望などがあるのでしょうか

自分はとっくに死んでいますので、別に他人から「孤独死という悲惨な末路」などと思われても全く何の問題もありません。死んでいますので、他人から何を言われようが全く痛くも痒くもありません。逆に立派なお葬式をあげられようが、自分はとっくに死んでいてそんなことを知ることも出来ませんし、別に何の得もありません。

あの世というものが有るにせよ無いにせよ、死んでしまえば自分はこの世にはいませんし、この現実世界で物を見て何かを知る目も持たないのです。

家族に迷惑をかけず1人で死ぬ孤独死は立派な死に方です

孤独死は悲惨という風潮がありますが、見方を変えれば家族に迷惑をかけず1人で死ぬ孤独死はむしろ立派な死に方です。

子供や配偶者などの家族がいれば、自分の身体が動かなくなって1人で生活できなくなっても面倒を見てくれる。逆に言えばそのことは、家族がいるために孤独死せずに生きてしまうことで、子供や配偶者などの家族の人生に多大な負担と迷惑を掛けているということが言えます。

自分の最低限のことすらもまともにできなくなり、いい歳をして赤ん坊の様に子供や配偶者に小便や大便の後始末をさせて生き長らえる様な毎日。人間としてまともなプライドがあれば、そんな自分の姿が許せないはずです。私だったらそんな屈辱に耐えて生きるくらいなら首を吊るか自分の舌を噛み切って自殺しますね。

その様に寝たきりになって、周囲に迷惑を掛けて何年も何年も生き長らえても、死んだ時に「やった!やっと死んだ!」と家族や周囲に喜ばれるだけでしょう。その様な人生の末路が本当に幸せな死に方とは到底言えません。

自分で自分の最低限のことが出来なくなった時に死ぬ。動けなくなり自分の大便や小便すら自分で処理できなくなれば死ぬ。私としてはこの様に孤独死をする人間の方が、寝たきりになって人間としての最低限の尊厳もプライドも失い、オムツの取替などで恥ずかしい恰好で尻や性器を丸出しにして見られ、家族や介護士に大便や小便の世話をされ惨めに介護される老人より、よっぽどまともで立派な人生の終わり方だと思います。

私自身の価値観では、自分で自分のことも出来ない寝たきりになって介護される様な老年生活を送るくらいなら、孤独死した方が100万倍マシですね。なぜなら孤独死の方が、寝たきりで介護される老人の末路よりは遥かに人として尊厳がある死に方だからです。

この様に考えていきますと、たとえ子供や配偶者がいる場合も、何年も寝たきりなどになって家族にも迷惑を掛けることなく、心臓発作や脳出血などで突然死的にぽっくり死ぬのが一番でしょう。

あっとういう間の一瞬で突然死的にぽっくり死ぬのであれば、別に一緒に住む家族が居ても、一人暮らしでの孤独死でも、自分自身には全く関係ありません。突然死であれば、一緒に住む家族に発見された時には、孤独死と同じ様にすにで1人で死んでいて冷たくなっているからです。

この様に介護や下の世話などで家族や社会に迷惑を掛けず、尊厳を持って一人で死ぬ孤独死に対して、もっとプラスの認識に変えて行くべきだという主張は、以下の記事でも詳しく書いています。こちらももし興味があればお読み下さい。

精神的な貧しさや寂しさが孤独死への不安を生む

この様に考えれば考えるほど、マンションやアパートの大家さんは困りますが、死ぬ本人には何ら特に問題がない、むしろ身内の家族や子供などにも迷惑を掛けずに逝く立派な死に方が孤独死です。

ではなぜ近年の日本では、この孤独死に対して異様に不安を感じる日本人が多いのか、それは物質的な豊かさの反面満たされない精神的な貧しさや寂しさが、孤独死への不安を生んでいるのです。

子供は膨大な金食い虫です。1人の子供を育て上げるためには、養育費と教育費などで2,000万円から3,000万円もの高額の費用が掛かります。

子ども1人にかかる費用は3000万円もかかるって本当? – All About
https://allabout.co.jp/gm/gc/12003/

子どもにかかるお金は合計2400万~3000万円

中学までの子育て費用(教育費含む)は1740万円でした。

ここに高校・大学の費用を加えてみましょう。高校と大学の生活費を、中学と同等の食費と生活用品費として年間45万円とすると、7年間で315万円です。中学までの子育て費用1740万円と合わせると、高校・大学の学費以外の子育て費用は、合計2055万円となりました。

これに高校・大学の学費を合算します。高校と大学の学習費は、公立高校・国立大学と進むと約365万円となります。私立高校、私立理系大学となると合計 820万円。公立高校・国立大学パターンであれば子育て費用合計は2420万円程度、私立高校・私立理系大学パターンであれば合計2875万円です。

下宿生となると更に費用がかかるでしょう。進学パターンによっては3000万円程度かかることもありそうです。

生涯未婚で1人で暮らすのであれば、この様な巨大な金食い虫である子供を持たないわけですから、その分出費も掛からず貯金などもあまりしなくて平気ですし、既婚者よりも将来はより安泰なのです。しかし、実際は経済的にもより将来安泰なキャリアウーマンなどの生涯未婚の女性や独り身の男性ほど、強い孤独死の不安などを抱え、将来や老後を異常に心配してしまう。これはなぜでしょうか。

これは未婚で子供の居ない方は、余りにも物質的・金銭的に恵まれ過ぎているためです。

巨大な金食い虫である子供を持たない為に、将来に備えて沢山の貯金や貯蓄が出来る。また、膨大な教育費などのために家計やお小遣いを制限される既婚の方に比べて、自分の為に好きなだけお金を使って欲しいものを買うことが出来る。

この様な未婚者の経済的・物質的な豊かさが、逆に彼らの満たされない精神の貧しさと寂しさを際立たせ、不安にさせているのです。

本当に彼らが解決するべきことは、遠い将来の老後や孤独死の不安などではなく、現在進行形での今現在の彼らの満たされない精神の貧しさと寂しさです。今現在の満たされない精神の貧しさと寂しさが、「老後の不安」や「孤独死の恐れ」という本当は実在もしない幻の怪物を彼らの心の中に映し出しているのです。

本当は現在進行形での今現在の彼らの精神の貧しさと寂しさこそが問題なのに、心の錯覚によって、まるで将来に不安があるかの様に自分で思い込んでしまっている。そう言い換えることも出来ます。

この様に過剰に孤独死など心配しても仕方ないことを心配する方は、同時に「貯蓄不安症」を併発しているケースが非常に多いです。

「貯蓄不安症」とはどんなに貯金をしても不安で不安で仕方ないという病気です。「貯蓄不安症」については以下の記事で詳しく書いていますので、心当たりがあればお読み下さい。

精神的な貧しさや寂しさを克服しようと生み出された宗教

この様な経済的・物質的な豊かさでは決して解決の出来ない、精神的な貧しさや寂しさを克服しようと人間に生み出されたのが宗教です。

大富豪の貴族やこの世の覇権を手にした王族が、膨大な金を掛けて壮大な寺院や教会を建てる。これは洋の東西を問わず、人間の営みとして行われてきたことです。ファラオによって建設されたエジプトのピラミッドやスフィンクス、古代の豪族によって作られた壮大な古墳などの建築もその様なものの一種かもしれません。

彼ら歴史上の貴族や王族もまた、経済的・物質的な豊かさでは満たされない精神的な貧しさや寂しさを克服しようと、宗教や宗教的なものに縋った人間だったのです。

元も子もない話になりますが、あまりにも孤独死などが不安で怖くて仕方がないという方は、何かの宗教に帰依すればいいのではないでしょうか。

現在の日本は経済や物質は満たされていますが、無宗教的であるために、漠然とした孤独死の不安などの元凶である心の貧しさが浮き彫りになっている国だということは言えます。

しかし、あまり奇抜で先端的なカルト教団や新興宗教とかに帰依しますと、自分自身も生きづらくなるのと周囲の方も色々と迷惑を被ってしまいますから、無難にキリスト教とか仏教とかを信仰するのがいいのではないかと思います。

最終的に宗教に帰依するかどうか、それは各自が自分自身で決めることですが、いずれにせよ重要な前提として「将来の孤独死」などを不安に思っている方は、その不安の根本の原因や本質は決して将来にあるのではなく「今を生きている自分の目の前の現在」にある、ということははっきりと認識して下さい。

以上、「孤独死の不安?わざわざ自分の死ぬ時のことまで考えるなんて精神的に異常です」の記事でした。

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