結婚という時代錯誤の風習を完全に廃止すれば日本は遥かに住みやすい国になる

結婚制度は現代の日本社会の諸悪の根源です。結婚という時代錯誤の風習を完全に廃止すれば、日本は現在よりも遥かに住みやすい国になります。

日本は国全体のGDP(国内総生産)で世界第3位、国民1人あたりのGDPでも世界第22位(2017年時点)と、世界的に見れば比較的まだまだ経済的に豊かな経済大国でありながら、幸福度ランキングで第51位と国民の幸福度の低い「ブラック国家」であることの理由の大半は、この結婚という制度や風習を義務的なものと考える国民の古臭い価値観が原因であると言っても過言ではありません。

世界幸福度ランキング2017発表、日本の順位は?
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/21/world-happiness_n_15505470.html

国連は「世界幸福デー」に定めている3月20日、世界の155カ国を対象にした幸福度ランキングを発表した。2017年のランキングで、最も幸せな国とされたのはノルウェーだった。日本は51位で、2016年の53位から順位を2つあげた。

一方、最も幸せではない国は中央アフリカだった。

国連のランキングでは、調査対象にする国の国民の自由度や、1人あたりの国内総生産(GDP)、政治、社会福祉の制度などを元に2014~2016年の「幸福度」を数値化し、ランク付けしている。

上位5カ国のうち4カ国を北欧が占めた。報告書では「上位4カ国は、国民の自由度、政治など幸福に関係する主要なファクターの全てで高評価を獲得した」と指摘されている。

経済的に衰退傾向にあるとはいえ、現在でも国民1人あたりのGDPにおいて世界で上位の方に位置する国である日本。

しかしそれにも関わらず日本の国民の幸福度は、その水準よりも遥かに低いランクあります。

なぜ、日本人は経済的に物質的に豊かであっても幸福になれないのでしょうか?

結婚を強いる同調圧力によって増大する社会の不幸感

結婚という制度や風習を義務的なものと考える国民の古臭い価値観、また、結婚を強いる世間の同調圧力こそが、増大する社会の不幸感の大きな要因であることは間違いありません。

「大人は結婚するのが当たり前」「結婚して一人前」という古い価値観が見えない圧力を与えることで、働いて1人で暮らして行けるには十分な収入を得ていても「年収が低くて結婚も出来ない」「結婚も出来ない欠陥人間だ」と日本人の多くが自分の価値を貶めて、自分自身を不幸な存在へと追いやってしまうのです。

この様に、日本人の大半以上が世界的に見れば十分以上に経済的に恵まれ物質的にも非常に豊かな生活を送れているにも関わらず、結婚することが出来ないという理由だけで自分を精神的に追い詰めてしまっていることが、現代日本社会の最大の病理です。

40代独身者が「幸せになれない」根本原因 – 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/171174

未婚者の幸福度が低い要因として考えられるのは、日本人に特に根強い「結婚規範」にあると考えられます。結婚規範とは、「結婚は必ずすべきだ」「結婚はしたほうがよい」という考え方です。当然、結婚規範は既婚者のほうが高く、未婚や独身者は低くなります。しかし、日本人に関して言うと、未婚・独身者であっても強い結婚規範に支配されているという実態があります。内閣府が2015年に実施した「少子化社会に関する国際意識調査報告書」に、それを裏付ける興味深いデータがあります。

日本、フランス、スウェーデン、イギリスの4カ国の20歳から49歳までの男女で比較しているものですが、日本の未婚者の結婚規範は、既婚者の71%とほぼ変わらない60%もあります。一方、フランスは18%、スウェーデンは21%、イギリスでも32%と、各国の未婚者の結婚規範は、既婚者の半分程度以下です。日本人は、未婚者であっても「結婚はするべきだ」という規範に、潜在的に強く影響を受けているのです。

■強い結婚規範が、未婚者の「欠落感」を生む

こうした強い結婚規範は、ともすれば未婚者に対して「結婚できない自分は何かが足りないのだ」という「欠落感」を植え付けてしまうことになります。欠落感を感じると、人は不幸だと感じやすくなります。そう考えると、やはり「幸福」と「結婚」とは、深い関連性があるものだと考えるべきなんでしょうか。

もうひとつ調査データを示します。ソロ男女と既婚男女で、それぞれの「自己有能感」と「自己肯定感」について調べてみました。すると、対照的なおもしろい結果が出ています。「自己有能感」とは、学業や仕事などで他者より自分は優れているという自負であり、自己実現力ともいえます。「自己肯定感」とは、自分が好きか、自分を認めてあげられているかどうかという視点で、これは幸福感にも通じるものです。

「結婚しないのが当たり前」「生涯未婚でも問題ない」という欧米先進国では当たり前の価値観が世の中に広がり、結婚を強制し義務化する様な日本独特の古臭い価値観に基づく世間の見えない圧力を完全に無くすことが出来れば、日本社会の幸福度や国民の幸福度が大幅に改善することは間違いありません。

結婚制度が無くなれば死ぬまで恋愛を楽しむ人生も可能に

結婚制度が無くなれば死ぬまで恋愛を楽しめる精神的に豊かな人生も可能になります。

本来、「恋愛をすること」というのは、全ての人間に与えられた精神的な幸福を得る為の当たり前の自由であり権利であるはずです。その当たり前の自由と権利を剥奪された既婚者という存在は、人間として人権侵害をされた状態にあるとも言えます。

結婚しているからという理由で、なぜ「人を好きになること」という人間としての当たり前の感情を押し殺されなければいけないのでしょうか。

結婚したからと言って「人生で死ぬまでずっとずっと同じ一人の人間だけを愛し続けなければならない」という旧態依然の結婚制度の価値観。この価値観は女性が当たり前の様に働き、経済的・社会的に独立した現代社会では、余りにも現実からかけ離れ過ぎています。

そしてこの様な古臭い社会規範・価値観によって抑圧された既婚女性や主婦の女としての正常な欲求が、『昼顔』などの不倫ドラマ・不倫映画の人気爆発という形でマグマの様に噴出しようとしているのが昨今の日本の現状なのです。

平日主婦パワーで『昼顔』が週間トップ 日本特有の「大人向け女性映画」の傾向 – リアルサウンド 映画部
http://realsound.jp/movie/2017/06/post-85261.html

前週から1ランクダウンして3位の『昼顔』は、週末の動員では前週比65%とそこまでの高推移ではないが、ウィークデイの興行においては公開1週目から圧倒的な強さをキープしていて、実は週間(7日間合計)ではトップとなっている。先週末の時点での累計興収でも、『22年目の告白』の9億2649万円を上回る9億8603万円を記録していて、今週のウィークデイでその差をさらに大きく広げている。

先週の当コラム(『22年目の告白』と『昼顔』がトップ2 日本映画反撃の鍵を握る職人監督たち)でも指摘したように、「GWと夏休みの狭間、シネコンや劇場に大人の観客が戻ってきた」という状況が今週も続いているわけだが、両作品のそのような週末とウィークデイの集客傾向の違いからは、「大人」と言ってもその内実が異なっていることがわかる。言うまでもなく、『昼顔』はまさにテレビドラマの時のサブタイトル「平日午後3時の恋人たち」の通り、平日午後3時前後に主婦が大挙して劇場に押し寄せているというわけだ(もっとも今回の映画版では旧姓に戻っている主人公・木下紗和は平日の昼間も働いているが)。

先日最終回が放送されたテレビドラマ『あなたのことはそれほど』(TBS系)が高視聴率を記録するなど、ここにきて日本の映像界においてにわかに吸引力を増している「不倫もの」。もちろん、以前からこのジャンルはドラマでも映画でも数々の作品が作られてきているわけだが、『昼顔』と『あなそれ』に共通している時代の空気のようなものがあるとするなら、それは「不倫をすることの背徳感(からくる快楽)」よりも「モラル問題としての不倫」と「その後の後始末」に物語の重きが置かれていることだ。それは、以前にも増して、週刊誌をはじめとするゴシップメディアが(芸能人だけではなく文化人や表現者にまで対象を広げて)不倫問題をやっきになってスクープするようになった世相の反映であるとも言えるだろう。

一度結婚してしまった女性は、事実上「女としては死ななければいけない」のが現在の日本の結婚制度です。現在の日本の結婚制度では、彼女達が恋愛という女として当然の欲求を満たす為には、不倫という社会的な罪を負わなければなりません。

「好きな人が出来ても好きになってはいけない」そんな個人の心の幸福までを制限された非人道的で不条理な社会は、結婚制度と共に全力で変えていかなければならないのです。

欧米では結婚という制度や風習自体が無くなっている

この様に人間としての当たり前の権利と自由を奪う現代社会ではもはや時代遅れの結婚制度ですが、すでに欧米では結婚という制度や風習自体が完全に時代錯誤の遺物として無くなりつつあります。

ヨーロッパは「結婚制度に縛られない社会」だ – 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/162143

■ヨーロッパの「結婚に縛られない社会」

日本とは違う結婚の価値観として、筆者が住んでいるドイツの例を紹介したい。ドイツには日本のような戸籍がないので、「家族」の枠は絶対的なものではない。パートナーを恋人だと思うのなら、10年以上一緒に暮らしても「彼氏」と紹介すればいいし、正式に結婚をしていなくとも家族だと思うのなら、「妻」と紹介すればいい。筆者はパートナーと2年半同棲しているのだが、日本の友人には、よく結婚について聞かれる。だが、ドイツでは聞かれたことがない。他人が結婚しているかどうかなんてことに、興味を持つ人はあまりいないのだ。

ドイツでは、恋愛のゴールは必ずしも「結婚」ではないし、結婚しなければ家族になれない、とも考えない。事実婚の社会的認知が進んでいるうえ、結婚や離婚の手続きが面倒なことから、籍を入れない人も多い。そのため、「結婚すべき」というプレッシャーはないし、「結婚できない人には問題がある」という考えにもならない。「結婚」はあくまで当人の自由な意思に基づくものであり、パートナーシップは多様である、という理解が進んでいる。

だがそれは、大昔からそうであったわけではない。時代の変遷とともに、事実婚や同姓カップルの権利を保障し、1993年に夫婦別姓を認め、社会に適応してきたのだ。

現在、ドイツだけでなく、多くのヨーロッパの国では、「結婚したければすればいいし、したくないのならしなくていい」という認識が進んでいる。パートナーシップのあり方はさまざまなのだから、「結婚」を目的として、他人やメディアが大げさに騒ぐことはない。権利を求める国民の声を聞き、制度を見直し、対応してきた。そういった歴史があって、「結婚に縛られない社会」になったのだ。

いつまでも結婚至上主義の古い考えに凝り固まっている日本人も、この様なヨーロッパの人々の先進的で自由な考え方や価値観を見習うべきでしょう。

結婚と言う制度や風習自体がすでに、現在の世界に住む私達の生活様式から考えて時代錯誤のものとなって来ているのです。

国民が一丸となって結婚制度を叩き潰すべき時が来ている

この様に現代社会では完全に時代錯誤の遺物であり、様々な場面で日本国民の自由を縛りつけ不幸にしている原因が結婚という概念です。

私達自身の幸福と自由の為に、そしてこれから日本という国で生きていく子供たちの為にも、国民が一丸となってこの結婚制度・結婚至上主義という旧時代の遺物を叩き潰すべき時が来ているのです。

専業主婦となった妻が夫に経済的に寄生しようとする日本の旧来的な結婚の在り方が、現代の日本の女性にとって一体どの様な深刻な不幸を生み出しているかについては、以下の記事で警鐘を鳴らしています。

参考:妻が経済的に夫に寄生する結婚は不幸を生む。女は自分より年収の低い男と結婚するべき

また、日本の恋愛問題や結婚制度の問題に関しては以下の記事も書いています。

参考:恋愛資本主義が終焉し恋愛共産主義の社会に突入しようとしている日本

社会科学的な観点から「恋愛資本主義」と「恋愛共産主義」という概念を用いて、結婚制度が終焉した後の男女間の恋愛の形態について様々に考察していますので、もし興味があれば読んでみて下さい。

以上、「結婚という時代錯誤の風習を完全に廃止すれば日本は遥かに住みやすい国になる」の記事でした。

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