急激にお金が無価値で不要な社会になっている2020年代の日本

このブログ記事は、2020年代の日本で急激にお金が無価値で不要な社会になっていることについて、社会不適合者の30代独身異常男性が実感することを語っています。

お金が無価値で不要な世の中になっている。

とは言いつつも現実には生きていく行くには最低限のお金が必要ですし、全くお金なければ生活にも困ることになりますが、以前の日本と比較するとお金の価値・お金の有用性の様なものが急激に低減しているように感じてならないのです。

実際、私は以下の記事の経験談で語っている様に、お金に関しては普通の方と比べると人一倍苦労した人生を送って来ていますし、貧乏生活の辛さだとかお金がないということがどれだけ大変なことかは知っています。

しかし、それ以上に「お金があまり要らなくなった」と感じることが以前に比べて非常に多いのです。

お金が無ければ何も楽しめなかった1990年代までの日本

私は30代ですので当然の様に1990年代文化にどっぷりつかって子供時代を過ごしました。

私の子供時代に流行っていたものは、

セーラームーン


美少女戦士セーラームーンS

幽遊白書


幽★遊★白書 全12巻セット

ドラクエ


アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストV 天空の花嫁

FF


ファイナルファンタジーVII リメイク – PS4

ポケモン


ポケットモンスター 赤 専用ダウンロードカード特別版 – 3DS

安室奈美恵


AMURO NAMIE FIRST ANNIVERSARY 1996 LIVE AT MARINE STADIUM [DVD]

Jリーグ


サッカーダイジェスト 1993年6月20日号 [雑誌]

など。

学校のクラスでも毎日これらの話題で持ちきりでしたし、お小遣いでゲームを買ったり週刊少年ジャンプなどの漫画雑誌を購読してこれらのカルチャーの知識がなければ、休み時間の会話に加わることも出来ずにずっとうつむいている他ありませんでした。

お金が無ければ家で趣味も楽しめない学校でクラスメイト達と共通の話題で盛り上がれず友達すら出来ないので、一人で野山や河原に行って雪だるまを作ったり虫捕りでもするしかないわけです。

私の家が貧しく高校生になるまでお小遣いもずっと0円でしたので、実際にその様な子供時代を送りました。

雨で外にも出れない日は本当に何もやることがなく暇で退屈なので、仕方なく家の中で空想遊びなどをしていました。

家が貧乏と言っても流石にテレビはあるので夕方19時頃からのアニメを見ることは出来ましたので、それだけを楽しみに一週間を過ごす様なことも多くありました。

当時は小学生ですらもこの様にお金がなければ何も楽しめない世の中だったのですから、大人の場合は言うに及ばずです。

旅行・ファッション・車・スキー・ゴルフ・お酒・キャバクラ・ギャンブル・グルメなどお金をかけなければ趣味や娯楽も楽しめずプライベートでの出会いもなく、生活するだけで精一杯の貧乏人は何も楽しみのない日々を送るしかありませんでした。

また、当時はパソコンやその周辺機器等も今とは比較にならないほどの高級品で、ネット利用料金も高額でしたので、ヲタクをするにも膨大なお金が必要な時代でした。

当時はお金は人生を楽しむために絶対に必要なツールだったわけです。

お金がほとんど掛からず楽しめるもので溢れた2020年

しかし、2020年の今はお金がほとんど掛からずに楽しめるものがネットに溢れており、私自身も現在はお金がなくとも暇で退屈どころか、本当に時間が足りなくて足りなくて仕方ないような状態です。

以下の様なパソコンとモニターを買って合計5万円。


mouse デスクトップパソコン LM-FC041ZD/Celeron G4900/4GB/1TB/Win10


I-O DATA モニター ディスプレイ 23.8型 EX-LD2381DB (広視野角/ブルーライト軽減/スピーカー付/3年保証/土日もサポート)

そして以下の様な格安回線と契約すれば、初期費用0円・月額4,000円程度でインターネットが使い放題です。

auひかり公式サイト限定!最大115,000円還元!



デスクトップパソコンはスマホやノートパソコンと比べて非常に故障し難く、一回買ってしまえば最低でも5年以上は使い続けられます。

実際に私が現在使用しているデスクトップパソコンも7年前に購入し、仕事に趣味にと毎日10時間以上は使い倒していますが全く問題ありません。

つまり、最低の衣食住さえ確保できれば、後はパソコン代など全てを含めても実質月額5,000円程度さえ払えばもうそれで十分なのです。

以下のブログ記事で書いている様に、私自身も月10万円程度の最低限の生活費以外にはお金を全く使わない(お金を使いたいものが全くない)ので、毎月25万円貯蓄して去年1年間で300万円貯金が増えました。

大量にあるネットの無料コンテンツだけで全く飽きることなく楽しめてしまいますので、衣食住さえまかなえれば、それ以外には本当に何にお金を使う必要もありません。

私と同様に最低限の衣食住さえあればそれ以上のお金は使わないし要らない人間は非常に多くなっていますし、お金はいらないから働きたくない、という方も非常に増えています。

わざわざ贅沢をしたりレジャーを楽しむためにお金が欲しい、お金を稼ぎたいという人間が一部に限られるようになっているのです。

物質的に豊かな日本でお金は他人と繋がるためのツール

この様に今の日本では無価値で不要なものとなりつつあるお金。

ではそもそもお金とは一体何のために存在しているものなのでしょうか?

そしてお金の意味とは一体何なのでしょうか?

それは、他人と繋がるためのツールだと私は考えています。

以下の記事で様々な統計データを元に説明しているように、現代の日本は何だかんだ物質的には非常に豊かで、ホームレスや浮浪者なども激減し続け飢え死ぬことなど極々まれな国です。

物質的に非常に豊かな現代の日本にはSyamuさん(syamu_gameとは – ニコニコ大百科)のように一切働かずに親の脛を齧って平気で暮らしている引きこもりやニートが推定で100万人以上おり、たとえ無収入でお金を持たなくとも余裕で生きることが出来てしまうのです。

YouTubeで生計を立てるなどという虹の上を歩くが如し幻想にしがみつき、ファンの助詞とコイニハッテンなどという絵空事を実像と錯覚し、30歳高卒無職が握手会を思い描く夢と現が逆転した貝塚ネバーランド。2014年12月、惜しまれつつも引退し今なお復活が待ち望まれる大物Youtuberシャム・ゲーム。その軌跡を追う。

そしてこの様に働かず無収入で生きる引きこもりニートが日本において急激に増えだしたのが1980年以降です。

なぜ彼らは働かないのか?

それは発展途上国や貧困国などとは異なりお金を稼がなくとも飢え死にすることもなく衣食住が満たされているため、そもそも働く必要も意味もないのです。

貧しい国ではお金は生活のためそして生きる為に必要な物ですが、物質的に豊かになった高度成長期以降の日本では、すでにお金を所有することが生きる為の必須要素ではなくなっているということが言えます。

この様に高度成長期以降の豊かな日本ではすでにお金は生きる為にそれほど必要ではなくなっているにも関わらず、皆が必死に働いてお金を稼ごうとするのは一体なぜでしょうか?

それはお金によって他者からの承認を得ることが出来るからです。

高度成長期以降、つまり1980年以降の日本において、お金の本質とは他人からの承認を得て繋がるためのツールなのです。

モノの購入によって他者と繋がれた1990年代までの日本

ブランド物を買う、高級車を所有する。

など物の購入と所有によって他者から承認され繋がることが出来たのが、1980年代のバブル期から1990年代までの文化的トレンドでした。その余波は2000年代前半頃まで続きます。

そしてこの様に消費行動を通して他人と繋がるという当時のトレンドは小学生などの子供にも共通することで、貧乏な家庭で育ちお小遣いも0円だった私は、クラスメイトと共通の話題で盛り上がることも出来ず上で書いたような孤独で退屈な悲惨な子供時代を過ごすことになった訳です。

この様に2000年代前半頃まではモノ消費的な消費行動を通して何かを購入し所有することによって、他者からの承認を得ることそして他人と繋がることが出来ることがお金の価値でした。

体験の購入によって他者と繋がれた2010年代の日本

しかし、社会が非常に豊かになって物で溢れかえり物の所有や購入では他者から十分な承認が得られなくなるにつれ、モノ消費は衰退していていきます。

そしてモノ消費と入れ替わるようにインターネットやSNSの普及によって爆発的に拡大したのが、お金によって特別な体験を購入しそれをSNSに投稿することで他者からの承認を得るコト消費であり、2010年代の日本はこのコト消費の絶頂期となります。

インスタ映えやタピオカブームなどがこの時代の消費を特徴付ける言葉です。

この様な消費と承認のトレンドの変化については以下の記事で詳しく書いているので興味があればお読みください。

お金で直接的に他者からの承認を買う2020年代の日本

そしてこの様にSNSの普及と連動して盛り上がったこと消費ブームは、2020年からの新型コロナ流行によって一瞬で叩き潰されることとなります。

モノ消費も終焉し、そしてコト消費も叩き潰され、行き場を失った莫大なお金と消費は、直接的に他者にお金を支払い承認を購入するという方向に発展します。

それがVtuber(バーチャルユーチューバー)などへのスパチャです。

2020年 全世界のYouTuberスーパーチャットランキング
1位 桐生ココ:1億5,022万2,620円
2位 潤羽るしあ:1億3,090万2,285円
3位 兎田ぺこら:1億26万7,461円
4位 宝鐘マリン:7,869万8,248円
5位 湊あくあ:6,832万3,131円
6位 天音かなた:6,483万3,282円
7位 不知火フレア:6,134万1,319円
8位 bintroll:5,898万8,222円
9位 M.S.S Project:5,891万6,997円
10位 戌神ころね:5,752万1,392円

スパチャを投げることで応援する配信者が自分を認知してありがとうと言ってくれる。

その承認欲求が時には1万円以上もの高額のスパチャを投げさせるのです。

この様に現代の日本におけるお金の価値と意味とは他人と繋がるためのツールです。

スパチャを投げても報われないことに皆気付き始めた

しかし、お金の価値の究極進化系であり最後の砦である承認のためのスパチャ文化も2021年に入りピークアウトしようとしています。

カオナシ(ピクシブ百科事典)の様にVtuberにスパチャを投げても報われないことに皆が気付き始めたからです。

スパチャを投げて義務的にありがとうございますと感謝されたからと言って、認知はされても配信者から好かれるなどということは到底なく、所詮は無数にいるただのバチャ豚(ニコニコ大百科)の一人という認識でしかない。

上でも紹介したように人気Vtuberは年間1億円もの巨額のスパチャを得ています。

底辺バチャ豚がなけなしの貯金から1万円の高額スパチャをしたとしても、それは配信者側の金銭感覚では10円玉を投げられた程度にしか思われていないのです。

これがVtuberの現実です。

この残酷で救いのない現実にヲタクも気付き始めたのです。

お金はツールとしての有用性を失い無価値で不要なものに

その価値の最後の砦であるスパチャ文化も衰退し始め、お金は他者から承認を得て他者と繋がるためのツールとしての有用性を完全に失おうとしています。

お金はあなたを幸せにしません。そしていくらお金があってもあなたは満たされません。

確かにお金がないこと、貧困や貧乏は非常に辛いことですが、2021年現在の日本は物質的に非常に豊かですのでもはや貧困に悩むこともないのです。

収入がなくとも生活保護や親のスネを齧るなどして平気で生きられますし、沢山のお金がなくとも月5,000円程度のはした金さえ支払えばネットの無料コンテンツから大量の娯楽を享受できます。

この様にお金が本質的に無価値で不要なものになっているのが2020年代の日本なのです。

このブログ記事の続きは以下です。

以上、「急激にお金が無価値で不要な社会になっている2020年代の日本」の記事でした。

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