お金を稼ぐために会社で働くことは人生と時間の無駄だ

「お金を稼ぐために会社で働くことは人生と時間の無駄」という主張のこのブログ記事は、以下の考察の続きです。この記事を読む前にまず以下からお読みください。

お金を稼ぐために必死に働くこと自体が無駄な苦労

2010年代までの日本であれば、会社勤めや事業などで必死に働いてお金を稼ぐ、そしてその稼いだお金を使った消費行動(2000年代までのモノ消費、2010年代までのコト消費、ミツギ消費)を通して他者からの承認を得る。

という図式が成立していました。

しかし、消費の最後の砦であったVtuberへのスパチャなどのミツギ消費の無意味さと虚しさが気付かれたことによりお金が無価値で不要なものとなりました。

そしてそんな無価値なお金を稼ぐために必死に働くこと自体が無駄な苦労へと成り下がろうとしています。

2020年代以降の日本においてお金を稼ぐためだけの労働は単なる骨折り損のくたびれ儲けでしかありません。

他者からの承認を得る手段としての労働の意義

この様にお金を稼ぐために働くことは完全に無意味だと言っても、働くこと自体が無意味になったという訳ではありません。

労働には社会と接点と得て承認を得る手段という意味もあるからです。

何らかの責務をこなして会社の上司から信頼される、顧客や取引先から感謝される。

私たちは仕事を通し、働くことを通して、お金で支払われる給与以外にも他者からの承認という対価を得ているのです。

満たされない承認欲求に狂ったSyamuという無職

お金がなくとも生きていけるし楽しいからと働くことを完全に放棄した人間の末路はどのようなものか?

それがSyamuという満たされない承認欲求に狂った無職です。

YouTubeで生計を立てるなどという虹の上を歩くが如し幻想にしがみつき、ファンの助詞とコイニハッテンなどという絵空事を実像と錯覚し、30歳高卒無職が握手会を思い描く夢と現が逆転した貝塚ネバーランド。2014年12月、惜しまれつつも引退し今なお復活が待ち望まれる大物Youtuberシャム・ゲーム。その軌跡を追う。

何らかの責務をこなして会社の上司から信頼されることもなく、顧客や取引先から感謝されることもなく、そして両親からはいつまでも子供扱い、妹からも「おいひきこもり!」と罵倒される。

リアルでは誰一人として無職ニートの自分を認めてくれない。

だからSyamuさんは満たされない承認欲求の埋め合わせのために、大物YouTuberという誇大妄想を膨らませて自分で自分を褒めるしかなかったのです。

誰からも認められない仕事は早く辞めてしまった方がいい

この様に社会から疎外された無職で誰からも承認されないために狂ってしまったSyamuさんですが、しかしSyamuさんもずっと無職だった訳ではありません。

以下のYouTuberシバターとのコラボ配信の2分50秒頃からも話している様に、YouTubeで本格的に配信を始める以前にはローソンアイスなどを製造する製氷工場のライン工として3年間働いており、氷の需要が高まる夏の繁忙期には月給10万円ほどを得ていました。

しかし、以下の年表の通り、この2008年~2011年夏頃の工場勤務時代のSyamuさん(当時は「シン」などの名義でネットで活動していた)もすでに狂った行動を度々繰り返しており、音楽投稿サイトpiaproなどで頭のおかしい迷惑ユーザー扱いをされていました。

残念ながらロボットの様に働かされるだけの製氷工場勤務の仕事だけでは彼は他者から十分な承認を得ることが出来ず、この頃にはすでに承認欲求のモンスターと化していたのです。

つまり、たとえお金がもらえたとしても、「誰からも認められない」「誰からも褒められない」「誰からも感謝されない」など他者からの承認が得られない仕事を続けても人の精神は全く満たされることはなく、Syamuさんの様に狂ってしまうということです。

お金の必要性が下がり続けている現在の日本において、そんな仕事をいやいや続けていても完全に人生と時間の無駄ですので、たとえ収入が下がったとしても出来る限り早く辞めて抜け出してしまうべきなのです。

会社も仕事も辞め自分一人の力で生きるのは非常に困難

とは言っても現実には会社も仕事も辞めてしまい、自分一人の力で必要最低限の生活費を稼いで生きるのは非常に困難です。

以下で書いている様に、会社も仕事も辞めて生きていくためには、投資で脱サラ、YouTuberで脱サラ、ブロガーとして脱サラなど様々な方法がありますが、全て普通の一般人(医者などの勝ち組エリート以外)には成功率は1%程度の無理ゲーです。

最悪、無収入でもSyamuさんの様に大人になっても親の経済力にすがって生きる方法もありますが、親からすらも半人前扱いをされ誰からも認められないスネカジリ無職生活は人として最低限の尊厳や自己肯定感すら奪い、息苦しく虚しい人生になってしまう可能性があります。

また、経済的にも完全に親に依存し切った生活では、どうしても8050問題の報道や匿名掲示板の書き込みなどに不安を煽られて「将来親が死んだらどうすればいいのか」など余計な心配に押しつぶされてしまい、現在の日々の生活を心から楽しむことが出来ません。

インスタなどのSNSのリア充感に馴染めないひきこもりニートはタダで楽しめる5ch掲示板が生きがいのことが多いですが、あの様な匿名のネット界隈は特にひきこもりニートを傷つけるようなバッシングが激しいからです。

個人的には以下の記事で書いた通り無職ニートだろうが親のスネカジリだろうがそれは個人の生き方の自由で全く問題ないと思います。

しかし、親世代の皆がひきこもりニートという生き方に理解がある訳でなく、昭和的な価値観の家庭の場合、Syamuさんの様に家族からも人間としてまともに承認されることなく、その惨めさから逃れるために狂ってしまいます。

自尊心を保つためにも無駄な不安に悩まないためにも、可能であるなら会社の仕事を辞めたとしても自分の食い扶持分程度は自分で稼ぎ、経済的に親などに頼らなくとも自力で暮らして行けるような生き方がより幸福なのです。

在宅の仕事で必要最低限の生活費だけ稼ぐ手もある

では会社や仕事にとらわれる無駄な時間を無くすにはどうすればいいのか?

それを完全に0にして無くすことは非常に困難ですが、可能な限り削減していくことは工夫次第で誰でも十分に可能です。

これは私自身が実践している方法ですが、贅沢は一切せずに無駄な消費を極限まで抑えて、在宅の仕事だけで必要最低限の生活費だけ稼ぐという手もあります。

消費社会から解脱した私の節約生活については以下の記事を。

労働者界から解脱した私の働き方については以下の記事をお読みください。

親の脛をかじって生きるひきこもりニート生活でも、在宅で自分の生活費程度はまかなえるほどの収入を得たり、節約してそれなりの金額の貯金を貯めておいたりすることで、親の死後の将来などについて余計な心配をすることが少なくなります。

以上、「お金を稼ぐために会社で働くことは人生と時間の無駄だ」の記事でした。

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