現代人の幸福に必要なのは経済的豊かさではなく情報の断捨離

現代人の幸福に必要なのは経済的豊かさではなく情報の断捨離です。

情報の断捨離とは、簡単に言えば自分に害を与えるジャンクフードの様な無駄な情報を可能な限り遮断して、有益な情報だけを摂取することです。

以下の記事に書いている様に、様々な客観的な統計情報やデータから、現在の日本は実際にはかつてないほど物質的・経済的に豊かで格差の存在しない時代となっています。

私達日本人はほとんど全員が物質的・経済的にはすでに完全に満たされているのです。

しかし、それにも関わらず以前よりも貧富の格差や社会への不満を感じる日本人が増えているのは、インターネットやTwitter・InstagramなどのSNSから有害な情報を摂取し過ぎているためです。

無防備にインターネットやSNSに接続すると、成金YouTuberやセレブなどの情報が否応なしに目に入ってきてしまいます。

そしてその様な情報と自分を比べて勝手に劣等感や欠乏感をいただいて惨めな気持ちになってしまう。

これが日本人の幸福度が低い最大の要因です。

つまり現代日本における格差の本質とは、物質的な格差ではなく私達の頭の中で作り上げられた格差であり、精神的な問題なのです。

私たち現代人が幸福に生きるためには、情報の断捨離によって有害な情報をシャットダウンする必要があるのです。

全てが無であることを知り安らぎを得る仏教思想の教え

仏教の教えの核心は一言で言ってしまえば、物質も精神も思考もこの世の全て一切が本質的に無であるということです。

そして全てが無であることを知ることで安らぎを得るのが仏教思想のマインドフルネスです。

仏教思想と心の安らぎについては、仏教書研究家の方による以下のブログをお読みください。

人から嫌われたり、落ち込んだり、トラブルに巻き込まれたとき、人はわざわざ自らの不幸を製造する。そのことについて考えつづけ、思い出しつづけるから、不幸の継続化に手を貸すのである。

そういう最中、「自らがわざわざ不幸をいま製造しているのだ!」と驚きに気づくこと。そうすれば、その愚かさを中断し、不幸の製造に手を貸さないことが、自分の意志でできるようになる。

私たちは勘違いしているのである。思ったり、考えたりすることは、自分がつくっているのではなくて、考え出されている、思い出されていると受動態でとらえているのだが、考えることは自分で製造している、創造しているという面があり、私たちはそれを見抜けないのである。

考えをストップすれば、その不幸な思いはなくなる。けれどいつまでも考えつづけるとその不幸で陰惨な気持ちはずっとつづくことになる。

われわれは知らないだけなのである。考えを止めることができること、考えないようにすること、いまべつのことを考えればその不幸はやむということを。思考や思いを止めることは、あまりわれわれの文化圏では聞かない解決策である。禅や仏教、マインドフルネスの文化圏にふれないかぎり、思考を止めてもよいという教えを聞くことはないのである。

仏教思想の人生観は全てが虚しく退屈になってしまう

この様に諸行無常・一切皆空の仏教思想のマインドフルネスを徹底すれば、人生の苦しみをなくし心の安らぎを得ることは可能です。

しかし、この世の全てのものは本質的に存在しないと断じる諸行無常・一切皆空の仏教思想は諸刃の剣でもあり、何をしても虚しく退屈で楽しくないという精神状態になってしまいます。

仏教思想は不幸から逃れることの出来る教えですが、幸福になるための教えではないのです。

何の不安もない、何も苦しいことのない、何も辛いことのない人生は穏やかで安らかですが、しかしそればかりでは人生が退屈になってしまいます。

不幸に陥ることを避けつつも、面白いこと・ワクワクすることなども人生を楽しむためには必要です。

情報の断捨離によって身の程に合った人生を楽しむ

では不幸感に陥らないようにしながら、ある程度の幸福感を得続けるにはどうすればいいのでしょうか。

それが情報の断捨離という方法です。

意図的な情報の断捨離によって不幸感を生むだけの無駄な情報を遠ざけ、精神衛生に有益な情報だけを摂取する。

これによって現代日本人の幸福度は大幅に向上します。

物質的に非常に豊かで大量の情報に溢れた現代社会においては、この情報の断捨離こそが必須のスキルなのです。

昔は不安や欠乏感も生きる上で非常に大切な感情だった

人生の幸福度を下げる不安や欠乏感と言った不幸な感情。

これらは現代社会では出来る限り取り去ってしまった方がいい心理状態です。

しかし、これらの感情も昔の人類にとっては必要なものでした。

欠乏感を感じるから一生懸命漁や狩りをする、不安を感じるから田畑を耕して食糧を生産し備蓄する。

もしも不安や欠乏感がなければ、季節や気候の変化などであっと言う間に食糧が尽きて簡単に飢え死んでしまったのが昔の人類だったのです。

江戸時代くらいまでの人類の生活は常に飢餓や餓死と隣り合わせでした。

【歴史解説】ゆっくり大江戸 その69飢饉の時代江戸時代~何故江戸時代には飢饉が多かったのか?~【江戸時代】

私達人類が不安や欠乏感などの負の感情を感じるのはこの名残であり、ネガティブな感情によって常に危機意識を持ち、死という最悪の事態を回避するための非常に大切な防衛機構だったのです。

物質的に豊かな現代に不安や欠乏感は不要で有害

しかし、大量の食糧に溢れ物質的に非常に豊かな現代の先進国においては、不安や欠乏感といった感情は完全に不要であり、むしろ有害ですらあります。

実際には餓死など滅多にあり得ない様な非常に豊かな世の中でありながら、他人(SNSの情報で知った成金やセレブ)と比べてお金がないことや収入が少ないことなどを悩んでしまう。

それは時間の無駄以外の何物でもありません。

30歳を過ぎても働かず子供のように遊んで暮らしているギリケンのSyamuさん(貧しい国や貧しい時代であれば野垂れ死ぬか口減らしで殺されていた)ですら余裕でごはんたべたべして生きられるのが豊かな現代日本社会なのですから、本当は経済的や物質的なことは何も不安を感じる必要などありませんし、何も悩む必要などないのです。

YouTubeで生計を立てるなどという虹の上を歩くが如し幻想にしがみつき、ファンの助詞とコイニハッテンなどという絵空事を実像と錯覚し、30歳高卒無職が握手会を思い描く夢と現が逆転した貝塚ネバーランド。2014年12月、惜しまれつつも引退し今なお復活が待ち望まれる大物Youtuberシャム・ゲーム。その軌跡を追う。

この様な非常に豊かな物余り・食料余りの時代にも関わらず、飢餓時代のままの意識で余計な物を欲しがる・必要以上の食べ物を食べたがる私達。

現代人が悩まされるメタボリックシンドロームや肥満なども、必要以上の食糧が溢れているにも関わらず「飢餓感」という古い時代の人類の習性が抜けきれていないから起こるものです。

同様に心理的な「欠乏感」や「経済的な不安」なども現代日本では不要で余計なものであり、生活習慣病を予防するために適量の健康的な食生活に変える様に、有害な情報を遮断し余計な悩みや必要以上の欲を捨て去る心理的ダイエットで精神状態を健康に保つべきなのです。

不安や苦痛を生む情報は全て切り捨ててしまってよい

この様に現代社会では、不安や欠乏感などの必要性が過去の時代に比べて非常に薄れており、不安によって精神を病むとか心のバランスを崩すなどの悪影響も考えれば、これらは有害なものでしかないとすらも言えます。

そしてこの様な無価値で有害な不安や苦痛を生む情報は、たとえそれが正しく的を射たものであったとしても、情報の断捨離によって全て切り捨ててしまって何の問題もないのです。

都合の悪い情報、ネガティブな感情を起こす情報を敢えて全て遮断し、Syamuさんの様に自分の頭の中に築き上げたネバーランドに棲むこと。

それが、物質的・経済的には非常に豊かな一方で余りにも大量の情報に晒される私達現代日本人が幸福になるための最も簡単な道筋です。

以上、「現代人の幸福に必要なのは経済的豊かさではなく情報の断捨離」の記事でした。

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